スキコト*ライフ

日々のライフスタイルについて思ったことを記録する覚書

40歳−二回目の成人式を迎えて思うこと

昨日は成人式でした。成人を迎えた方々おめでとうございます。

昔は1月15日が成人式でしたが2000年から第2月曜日が成人式になりました。15年前なので20歳以降生まれはもしかしたら成人の日=1月15日を知らないかもしれませんね。

そして、私事ですが二回目の成人式を迎えました。よい機会なので二回目の成人式を迎えて思うことを書きます。

 

20年は短かった。

その一言に尽きます。あっという間だった。20年前の二十歳の自分のことをはっきりと覚えています。

 

①とにかく働きたくなかった

短大の卒業を迎えた自分は、とにかく働きたくなかった。当時希望する四年制大学に進学できず、滑り止めの短期大学に通っていた私は、これまたとりあえず勧められた「保育士資格と幼稚園教諭免許」を取得だけしたが、全く働きたくなかった。

理由は単に働くのが嫌だったから。友人が大学へ進学し残り2年をまだ学生として過ごせるのに、なぜ自分は働かなくてはならないのか?それなら、編入試験でも受ければいいのにそこまでの学力も残念ながら自分にはもちあわせていなかった。

また就職氷河期という名の就職難で、当時地方在住の私にとっては採用数も少なく、地元ではコネがないと働けないと言われ、当然働くことに希望も見出せませんでした。

両親も特に厳しく就職に消極的な私を責めることもしなかったため、積極的に社会に出ようとする意思が本当になかった。

結果を言えば、短大を卒業して半年後に保育士として仕事を始めたのだが、希望や理想もなくただ仕事を続けていた状態が続きました。

 

②将来設計が全くなかった。

いつ頃まで働き、結婚し、出産し…などの将来設計を全く考えていなかった。当時の私はとにかく、今住んでいる街から出たくて出たくて仕方がなかった。「幼い頃に住んでいた東京で生活したい。」そればかりを考えていた。

仕事をせずに東京で生活したいという、行動もせずに自分のしたいことだけを考えている本当に情けない成人だった。

ここから東京に出てくるまで12年もかかっている。この12年間の経験を無駄だとは言わないが遠回りしすぎだろ!と言いたくなるぐらいの遠回り人生だった。

 

③大人になったという自覚がなかった

私は二十歳の時に「大人になった」という自覚が全くなかった。実家暮らしで衣食住に困ることはなかった。どちらかというと「まだ子供でいたい」という気持ちが強かったのかもしれない。環境も早く大人になれ!という雰囲気もなく気がつけば年齢が二十歳となり世間でいう「大人」な年齢になっていた。

 

二回目の成人式を迎えて思うこと

さすがに現在は「大人」になったと思えるようになりました。

一番の理由は親元を離れて結婚して家庭をもっていることです。さすがに二十歳の時とは状況が違う。

そして、今から振り返ると自分が大人になったという自覚が芽生えてきたのは30歳を過ぎて一人暮らしを始めた頃からだと思う。(遅い大人だ)

自分の力で家を借り、自分の給料で生活する。ようやく親離れをして自分の力で生きることを実感した。

世間一般では二十歳で大人だが、年齢は関係なく親から独立し自分の力で生きることができる人間が大人と呼ばれるのかもしれない。

 次の20年後は60歳。きっと今回の20年よりも半分ぐらいの感覚で60歳がくると思っている。立ち止まって考えている時間がないくらい早いスピードで過ぎていくのだろう。

 今日は旦那さんと2人で食事をして、二回目の成人式を二人で祝った。

もちろん20年後も祝うつもりだ。

今はやっと、大人になり働く意思もしっかりある。あとは私の20歳の時にはできなかった「将来の人生設計」をもう一度明確にして次の20年を生きていこうと思う。